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特撮やらプリキュアの感想を書いています。たまに雑談あり。

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柴田宏明プロデューサー問題点まとめ⑦ヒーロー物のお約束を理解できていない

2014.07.28 (Mon)
柴田宏明プロデューサー問題点まとめ、第七章です。


⑦ヒーロー物のお約束を理解できていない

柴田氏は、平成ライダーがお好きと伺っております。
おそらく、「クウガ」以降のリアルドラマ志向がお好きなのでしょう。実際、それに影響されたのか、ドキドキ!プリキュアとハピネスチャージプリキュア!では、次のような描写がなされています。


A.ドキの場合
・プリキュアの情報がネットに流れる
・ありすがその情報を隠蔽
・終盤にはマナが自ら正体をばらす(※シャルルに正体バラすなと注意されていた)
・最終回はプリキュアが政府公認となる


B.ハピの場合
・序盤からプリキュアの存在が世間に認知されている
・世界中に大量のプリキュアが存在し、活躍している
・マスコミがそれらを報道している
・プリキュアは少女たちの憧れ




これらの描写を見る限り、柴田氏は平成ライダーシリーズがお好きと言うことで、それに倣ってリアル志向を作品に取り入れたいという意図が想像されます。

しかし、残念ながら、あまりにもヒーロー物の基本を分かっていないと言わざるを得ないです。

なぜヒーローが正体を隠して戦うのか、なぜヒーローの数が少なければいけないのかが、彼にはまるでわかってないわけです。いたずらにクウガのようなリアル志向を、なんでもかんでも取り入れればいいってもんじゃありません。




Q.なぜヒーローが正体を隠して戦うのか? 
A.簡単に言うと、人々からの迫害を避けるため。

更に言えば、ヒーローは悲しみや苦しみを誰かに見せてはいけないから、です。
井上敏樹御大は、嘗てユリイカのインタビューでこのような事を仰っておりました。

「ヒーローは戦いが終わったら、直ぐに名乗りもせず去らねばならない。何故なら、強い力を持つ者は人の世では疎まれるからだ。それがヒーローの悲しい宿命である」


確かにドキの市民がみな良い人だから受け入れてくれた。そういう好意的な解釈もできるでしょう。
しかし、それではリアル志向を取り入れたことと矛盾します。少なくとも全てが全て良い人というのは、あまりにリアリティがありません。
(逆に、悪い人や愚人だらけでもまた不自然ですがね。ねぇ、虚淵先生?



要するに柴田氏のリアル志向は、中途半端なわけです。



Q.なぜヒーローの数は少なければならないのか? 
A.それは、戦いの悲しみを背負う者は少ないほど良いからです。

仮面ライダークウガのOPの二番の歌詞を思い出してみましょう。
「英雄は~、ただひとりでいい~♪」
これは、戦いの苦しみ、悲しみを背負う人物は五代ひとりで沢山だ、という制作側の願いであり、そして誰かの涙を見たくない五代雄介本人の心情でもあると解釈できます。

プリキュアは基本的には中学生もしくはそれに近い年齢の若い女性が変身します。
即ち、ハピプリの世界観では、そんな若い少女達を世界中が平然と辛い戦場に立たせていると言うわけです。プリキュアが多数いるということは、そう言うことです。(※オールスターズなどはお祭り映画なので除外)
更に言えば、ハピプリでは(26話現在)若い少女たちが倒れる様に心を痛める市民は全く描写されていませんし、それどころかファントムとかいうプリキュアを専門に倒してコレクションする敵までいます。
そこまで若い女性が苦しむさまを見て喜びたいのかと、邪推したくなります。

つまり、柴田Pは所謂「平成ライダーかぶれ」の製作者であり、平成ライダー風の描写をすれば受けるだろうと甘い無策な考えを持ち、その結果作品に問題点を生み出したり、失敗したりしている人だと言えるでしょう。




以上の事から、柴田宏明プロデューサーの問題点について、ご理解いただけたでしょうか。
最後まで閲覧いただいた方は、大変お疲れ様でした。
ご拝読いただいたことに改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

反論、ご批判ございましたらお受けいたしますので、コメント欄にまでお願い致します。
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